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<<   作成日時 : 2009/07/26 03:17   >>

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前回はクワトロスポーツS1まで行きました

ああ、次はプジョーだ…

1984年、プジョーはアウディに対抗し205ベースにターボ16を作る。
もちろんノーマルの205とは駆動方式もボディも違う
ターボ+4WD、この条件にあらずんばレースに勝てないというのは理解していた…
だが、クワトロを見る限りコーナーでのアンダーステアが問題なのは決定的に明らかだった。
旋回性能を確保する為エンジンはミッドシップにマウント、4輪を駆動させる。
この駆動方式は後のラリーのスタンダードとなる。
クワトロは後塵を浴び、S4やRS200もミッド4WDを採用する。
排気量は1.6リッター直4のベースエンジンをボアアップし1775ccブースト圧3キロで540馬力を発生する。
通常は349psトルク44kgm
それをビスカスカップリングデフで前後35:65の割合で駆動
ボディはモノコックを残しセミパイプフレーム、FRP&ケブラー車重940キロ
ダブルウィッシュボーンのサス
特筆すべきなのは他のラリーカーに比べ乗り心地が良かったことであろうか…
後にエボリューション2となり巨大なウイングに巨大なカナードを装着
ボディは完全に後部はパイプフレーム化
車重は910キロ
エンジンは通常で455ps トルクは55kgm
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次はFORD RS200
名前の由来はグループBの年間生産台数が200台であることを理由に200台のみ発売されたことであろう
ボディはアルミハニカムモノコック ハニカムといえば6角形の形を積み重ねること、蜂の巣を想像すればよいだろうか、かなり頑丈な構造で新幹線にも採用されている。
特筆すべきなのはエンジン自体がF1のようにシャーシの一部とされている点である。
メインフレームから伸びたエンジンマウント、モノコック、駆動系の3点で支えられている。
また、前後バランス50:50を目指し、ミッドシップマウントされたエンジンの駆動をフロントに送り、
デフを通してまたリアに送り返すという特異な駆動方式である。
ボディはGFRP製(ガラス繊維強化プラスチック)
エンジンはコスワース製、日産純正タービンで知られるギャレットのタービンで武装
1803cc直4から450psを発生
ミッションは5速であるがミッションケースが軽量化のためにマグネシウム製
サスは四輪全てにツインダンパー&サスペンション
またセンターデフを3種類に切り替えでき、37:63、センターデフロックで50:50、ターマック用に0:100と切り替えできる。
86年に参加しようとするも1戦目のモンテカルロに出走できず、スウェディッシュラリーでそこそこ活躍
3戦目のポルトガルラリーでは観客のマナーの悪さゆえか
牛追い祭りさながら、走行中のマシンに触ることを誇り、競技中のマシンの直前を横断
観客を急ハンドルで避けたRS200はコントロールを失い観客の集団にスピンしながら直撃
40人あまりの死傷者を出し、同年にグループBは廃止、期待されながら一度として栄光に羽ばたくことは無かった。
しかし、そのポテンシャルは目を見張る物があり0〜60mpm加速が2.8秒
エボリューションモデルは2.1秒とギネスブックに掲載されている。
1987年舞台は世界ではなくヨーロッパラリーに移る
グループBの鬱憤を晴らすかのごとく19勝をあげ、大いに活躍することになる。
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ランチアデルタS4
ランチアが037ラリーでは4WD勢に対抗できないと痛感し、
デザインも性能のうちと言うイタリア人のポリシーを捨てざるを得なかったほど過酷なグループB
フィアット製1750cc直列4気筒DOHCエンジンにスーパーチャージャーとターボをドッキング
通常の過給圧で456ps、トルク46kgmこの時点でパワーウェイトレシオが1キロ台と言う
グループBの中で最も基地外マシン
車重は極限まで減量され、890キロの軽量な車体をオリンパスラリーでは600馬力と言う
マッチョなエンジンが急加速させる。
当時のF1はドッカンターボだった為、ツインチャージドエンジンの加速の方が優れており
モナコをアタックした際にはWRカーながら当時のF1のグリッドに並ぶなら4番手と言う驚異的なタイムを叩き出している。
そのためか「公道を走るF1」と畏怖され、プジョー205ターボ16が2回のシリーズチャンピオンを獲得した帝王ならこの車は無冠ながら魔王であろう。
その証拠の当時のドライバーには「コースの中に留めさせるだけで精一杯」とも言わしめている。
だが、この魔王の終焉は意外とあっけないものであった。
RACラリーでは1‐2フィニッシュと言う帝王プジョーでも成しえなかったことはS4は依然とやってのけた。
86年グループBは5年目となり、クワトロS1、プジョーターボ16エボ2、RS200と強豪揃いの中スタート
第1戦モンテカルロで1勝、プジョーエボ2が2位、クワトロS1が3位であった。
2戦スウェーデン
プジョーエボ2優勝、デルタS4が2位、RS200が3位
3戦ポルトガル
RS200が観客に突っ込み死者4人、重軽傷者が30数人とラリー史上最悪の事故となっている。
第4戦サファリラリー
セリカターボが1位2位長距離レースの信頼性の低いS4は出場せず037が3位
そしてグループBとしては最期の第5戦、ツールド・コルス
S4を駆るヘンリー・トイボネンの速さは尋常ではなかった、SS4から一人でベストタイムを出し続けていたのである。
SS17全長58kmのステージでは前年のコースレコードを3分短縮
この時点で2位との差は3分近くのアドバンテージを取っている。
そして5月2日SS18
スタートから7kmの地点、出口に行くほど曲率がきつくなる複合コーナーでトイボネンの駆るデルタS4は
ブレーキ痕すら残さず崖下に転落、炎上
総FRP製のボディはいとも簡単に燃え上がり、マグネシウム製のホイールは爆発
焼け跡から残ったのはクロームモリブデン製のフレームと足回りの部品だけであった…
29歳と言う若さでヘンリー・トイボネンとコ・ドライバーのセルジオ・クレストはその生涯に終止符を打つことになる。
その事故から24時間も経過しない内にFIAはグループBを廃止
企画されていたグループBを超えるグループSも同時に廃案となった。
13戦中6勝をあげていたS4はグループB廃止により無冠の帝王の座を返上することは無かった。
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さらばグループBよ、あの狂気と熱気の渦を引き起こした君はどこへ行ってしまった…







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内 容 ニックネーム/日時
205カッケー
にるこむ
2009/07/26 17:18
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